おはようございます!

佐世保市の研修を終え、福岡に移動しました。

金曜日の夜は、博多駅に続く道が渋滞していて、予定の新幹線より30分後に乗ることになりました

そして、広島に着いたのは、9時半頃です。

ふるさとは、65回目の「原爆の日」を迎えていました。

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 昨日の朝、佐世保市で研修に出かける前、ホテルで平和記念式典の中継を見ていました。

8時15分、黙祷をしようと手を合わせると、窓の外からサイレンが聞こえてきました。

研修会場に着いて担当者にきくと、原爆投下の時間を知らせるサイレンの音だと教えてくれました。

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 広島で生まれ育った私は、幼い頃から何度も平和公園に行きました。

初めて原爆資料館を見学した夜、怖くて眠れなかったことを覚えています。

当時は小学生でした。

母は、女学校の生徒だった時、被爆しました。

母の家族は、幸い無事でしたが、大勢の友人や知り合いが亡くなったとのことです。

祖母が生きていた頃は、原爆の話をたくさん聞きました。

それから長い年月が過ぎました。

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 「広島」を「ヒロシマ」と「被爆者」を「ヒバクシャ」と書かれると、子供心に違和感を感じたのを覚えています。

多くの犠牲者に上に今の平和があること。

夢も希望もある若い命が途切れたことを思うと、平和な社会に生きていることの重みを感じます。

65回目の「原爆の日」のふるさとで、さまざまなことを考えました。

投稿者:疋田 幸子
疋田幸子

法政大学専門職大学院イノベーション・マネジメント科修了 経営学修士
法政大学大学院職業能力開発研究所特任研究員
株式会社フロインド代表取締役